江戸時代の代官山

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江戸時代の代官山は、江戸時代末期の1858年に作成された『安政改正府郷御江戸絵図』に描かれているように多くの場所が山林だったようです。
この地図は、明治維新の10年前で、日米修好通商条約が締結された年の地図です。
現在の八幡通りは古くからある街道で鎌倉街道のひとつと言われていますが、現在の代官山交番の裏手にある地蔵尊の台座には「右大山道、南無阿弥陀仏、左祐天寺道」と書かれています。
大山道に至る道は、旧朝倉家住宅と東京音楽大学の間の目切坂と考えられますが、左の祐天寺道に至る道は、大正時代の都市計画で現在の駒沢通りが整備された時に宅地化され消滅したものと考えられます。
現在は、行き止まりの路地としてその痕跡を留めています。

明治維新の22年前、1846年に作成された『御府内場末往還其外沿革圖書』にはもう少し詳しく代官山の土地利用の様子が描かれています。
『御府内沿革圖書』は、江戸時代初期の延宝年間(1673年~1681年)から幕末までの土地利用の変遷を示した地図集で、大きな武家の屋敷などが描かれています。
地図には「入會」の文字が随所に見られますが、これは「入会地」を示しており「中渋谷村と中豊沢村の入会地」や「下渋谷村と下豊沢村の入会地」と書かれています。
「入会地」とは、村や部落などの村落共同体が共同所有した土地で、薪炭・用材・肥料用の落葉などを採取した山林のことで、里山とほぼ同じ意味です。
このことからも、起伏の多い代官山は農地が少なく雑木林に覆われた場所だったものと想像されます。
「中豊沢村」とは、現在の鉢山町、鶯谷町、猿楽町の範囲で、「下豊沢村」とは、現在の代官山町、恵比寿西一丁目、二丁目の範囲が該当すると考えられます。

但し、上中下の三つの豊沢村は、江戸幕府が1695年(元禄8年)から1699年(元禄12年)の期間におこなった「元禄検地」と「元禄地方直(げんろくじかたなおし)」によって、元々上中下の渋谷村だった土地の内、それまで年貢や小物成(こものなり)の徴収対象外だった土地も課税対象とし、その新たに課税対象となった土地を天領(幕府直轄地)として別の村として扱うことにしたものなので、その境界は極めて入り組んでおり、明確な地理的境界線はわからないと云われています。
明治維新後の1874年(明治7年)に中豊沢村は中渋谷村に編入され、1879年(明治12年)に下豊沢村は下渋谷村に編入されました。
※小物成(こものなり)とは、田・畑・屋敷地などにかけられる年貢以外の多種多様な雑税のことです。

また、代官山には大名や武家の抱屋敷が点在していたこともわかります。
抱屋敷とは、大名や旗本、御家人が幕府から提供された拝領屋敷とは別に、個々に農地などを購入して建てられた屋敷です。そのため、江戸の郊外に多く建てられました。
代官山地域内には、古くは旗本横山内記と筧助左衛門の抱屋敷がありましたが、横山内記の屋敷は稲葉冨太郎の屋敷になり、筧助左衛門の屋敷は日向延岡藩内藤能登守の屋敷になりました。

これは、1818年に作成された『江戸朱引図』を拡大したものです。
「朱引」とは、江戸幕府が定めた江戸の範囲です。したがって、代官山は御府内(江戸の範囲内)であったことがわかります。しかし、同時に描かれている「墨引」の外側になっています。
「墨引」とは、江戸町奉行所の支配の範囲を示すものです。そのため、代官山を含む朱引と墨引の間の地域は町奉行所の支配の範囲外で、関東代官が治める地域だったことがわかります。
しかし、このことは代官山という地名の由来ではなく、他に諸説あるようです。

幕末から明治の時代には、三田用水が代官山に大きな関わりを持ちます。
これは1805年に作成された『目黒筋御場絵図』です。玉川上水から分水された三田用水の流路が示されています。
そもそも『目黒筋御場絵図』というのは、江戸近郊に設定された幕府の御鷹場の地図です。三田村、上目黒村、中目黒村などを含む一帯を「目黒筋」と呼んでいましたので、代官山は幕府の御鷹場に隣接する地域だ ったことがわかります。

代官山の歴史シリーズ
1.江戸時代の代官山
2.内記坂の謎
3.明治時代の代官山の土地利用
4.西郷家と岩倉家
5.てんぐ坂の由来とたばこ王・岩谷松平について
6.西郷従道邸のこと
7.三田用水分水路の水車と明治・大正時代の代官山の産業
8.代官山に東横線が通るまで
9.昭和初期の代官山-お屋敷町の形成-
10.大正時代の都市計画と昭和初期の代官山の道路事情
11.同潤会代官山アパートメントの完成
12.敗戦後の代官山
13.代官山集合住居計画にはじまる1970年代の代官山
14.雑誌記事で辿る1980・90年代の代官山
15.同潤会代官山アパートメントの記憶と代官山地区第一種市街地再開発事業
16.21世紀を迎えた代官山は…

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